源平合戦の時などに自己紹介?などをして戦い始めたらしいというのは知識にあったのですが、
「言葉戦い」…弁論・知識・教養という「武芸」
— Minoru.Noguchi (@rokuhara12212) 2022年2月7日
合戦の場においては、物理的な戦いのほかに、卜筮や言葉による戦い(「言葉戦い」)も行われた。音声言語によって自分の徳を自賛し、敵方を侮辱することで合戦の口火を切ったり、闘いの間に虚勢的な大言壮語が発せられたのは自然なことであろう。
武者も大変です!
著者の本も取り寄せてみました!
まだ読んでいませんが、全然関係ないけど、百人一首の歌人、式子内親王も、”呪詛したとの疑いをかけられ”と今とは考えられない咎で住んでいるところを追われています!!
まぁ、呪いとか想いとかで、運命がどうこうなってるのなら、今頃私3億円ぐらい当たってるんじゃないかな?とか思ったりもしますけど。「人を呪わば穴二つ」ということもあるように、そういうことからは、距離を置きたいなとも思いますね。(←結局どこか信じちゃう)
武者の絵を描いてみました。大鎧を着て弓をひいてます。
(透明水彩、ホワイトワトソンA4)
大河ドラマの石橋山のシーンや、私の鎧フォルダの写真集とかの写真、先ほど紹介した本の表紙の絵 平治物語絵巻断簡 六波羅合戦巻 (平治の乱で敗れ都落ちする源義朝) などを参考にしてます!!
武具には詳しくありませんが、室町時代後期になると鉄製品の手に入りやすさも違ってきますから武具にも違いが出ると思います。石橋山の戦いが1180年で、桶狭間の戦いが1560年ですがら、380年の隔たりがあるのです!(すごい)
もちょっと加筆してもいいかなとかも思いつつも今のところはこのあたりで。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の、前回「兄との約束」でも、頼朝は終始情けない感じで描かれてはいるものの、石橋山では追われながらも、弓で抗戦しています。頼朝は弓の名手だったとも描かれているそうな。
先週お腹の調子が悪かったりとのろのろと描いてます。(トルティーヤチップス食べすぎた呪いかな?)
新しいパレットにも色を移動し終わりました。
取り止めもないけど、こんな感じで。
ばいちゃ