迷えるイカ記

プロフィールの倉庫に使ってますが、たまに私の為の好きな洋楽ムージックヴィデオ集という恐ろしい記事を書くかもしれませんので閲覧には注意してください。

出会ったその夜にエイキチ?

夫婦のなれそめ的なことを書いた記事を見かけました。これはちょっと趣向が違うかもしれないけど、便乗して語り継ぎたい物語でもあるので書き記しておく。
私達夫婦は、インターネットの掲示板で知り合い、その掲示板の仲間とで開催したオフ会で初めてお互いの中の人と対面しました。そ日の オフ会(一次会)は無事に終了し、二次会の会場にある人の案内で向かいました。そこは入り組んだ路地に面したバーで、「エイキチ」だか「EIKICHI」だか「ヤザワ」だか忘れちゃったけど、恐らく「エイキチ」だとは思うけどそういう店名のバーだった。 恐る恐る階段を登りバーの扉を開くと、そこには矢沢永吉ワールドのバーがのっそりと存在していた。案内人以外は少々引き気味で、矢沢永吉の店員さんのエスコートで、いかにもと言う感じの低めのソファーに浅く腰をかけました。 当然のように店中には矢沢永吉のポスターをはじめ、さまざまな趣向のYAZAWA装飾が施されており、みんなで、すごいねーとほとほと声を失っていました。確かにその空間には矢沢永吉愛があふれていましたが、私たちは矢沢さんのファンというわけでもなく、インターネットが好きで集まっただけの若者で、絶対的なアウェイ感に戸惑っていました。一次会からなんとなく案内人の方は若干周波数の違う方だなぁとは思っていたのですが、いやはやです。 これは97年だったか98年だったかも忘れそうだけど。20年ぐらい前の話。当時はインターネット自体やっている人も少なくて、おそらく「オフ会」なんてものは世間にほとんど認知もされてもいなかった。インターネットで人と出会うなんて狂人ぐらいの立ち位置だったと思います。話はバーに戻りますが、 そのオフ会に絶賛参加中の奇人の一人が、自分たちのおかれている狂った空間をなんとか打開しようと、カラオケでもやりましょうと提案をした。我々は「カラオケをやりたいのですが」とヤザワ風の店員のお兄さんに声をかけると、お兄さんは申し訳無さそうに「カラオケはあるんだけど、矢沢永吉の曲の番号のリストの控えしか無くて、(全曲の番号が載った)本もないので番号がわからないんだよね」と、 返事をされた。入店当初はヤザワ風の店員さん達の風貌にも若干圧倒されていたが、お兄さんは普通にいい人だった。要は、そのエイキチバーにあった数少ない俗世間的なものも、矢沢永吉専用カラオケマシンだったと。あまりにも奇想天外な応答に私たちは意識を音速で大気圏外にぶっとばされてしまった。もちろん案内人は私の夫ではありませんし、掲示板も矢沢さんとは何の関わりも有りませんでしたが。..これが私の「未来の夫と初めて対面した夜」に起きた出来事です。(つづかない)

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ばいちゃ